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zoom RSS 核兵器禁止条約−批判に答える

<<   作成日時 : 2017/07/12 19:19   >>

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 7月7日、核兵器禁止条約がついに採択され、成立しました。交渉の経過など詳細は、核兵器廃絶日本NGO連絡会のブログ核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のウェブサイトにゆだねます。(なお、核兵器禁止条約の経過と概要については、こちらのプレゼン資料としてまとめています。)さっそく、この禁止条約は実効性がないとか、核不拡散条約(NPT)との関係で問題だとか、北朝鮮問題に対応できない等々の批判や懐疑論が出回っています。

 本日(7月12日)の毎日新聞に京都大の浅田正彦教授が、核兵器禁止条約について「NPT体制損なう恐れも」として批判するコメントを寄せておられます(論点:核兵器禁止条約制定)。影響力の大きい方の議論であり、かつ、巷にあふれる核兵器禁止条約への批判論、懐疑論が凝縮された文章であるので、ここで、全面的に反論しておきたいと思います。(以下、ツイッターの連投をまとめたものです。)

 既に核不拡散条約(NPT)があるにもかかわらず新たな条約を作ったことは問題だ、という。しかし国際社会はこれまで、既にNPTがある上に、包括的核実験禁止条約(CTBT)を作り、数多くの非核地帯条約を作ってきた。追加的に新たな条約を作ることはまかりならん、というのは筋が通らない。

 非核保有国が「NPT派」と「禁止条約派」に分断されかねない、という。しかし禁止条約は、前文でNPTを核軍縮・不拡散の礎石と確認している。第18条では、既存の他条約の義務を害さないとも明記している。今後は禁止条約に入るからNPTはもう要らないなどと示唆したりしている国は一つもない。

 仮にどこかの国が禁止条約に入った後にNPTからの脱退を宣言したとしよう。それでも禁止条約第3条は、既にNPT上で結んでいた不拡散協定は維持しなければならないと明記している。これは、まさに交渉参加諸国やNGOが求めて入れた規定だ。だから最低限、NPT同等の不拡散基準は維持される。

 禁止条約の有無にかかわらず、NPTからの脱退を企む悪意の国はあるかもしれない。禁止条約を作り、禁止条約への普遍的加入を促すことで、仮にそのような脱退国があっても簡単には核武装を許さないという安全網を張っているのだ。核不拡散の観点から感謝されこそすれ、批判される筋合いはない。

 NPT5核大国への「不満があったことは理解できる」とするならば、なぜ、その核大国にさらなる核軍縮への圧力をかけることが「分断」を生むとして批判されるのか。分断や対立を生んでいる原因は核保有国側にあるのではないか。なぜ核兵器を廃絶しようという非核国の側が批判されねばならないのだ。

 NPTとは別のプロセスができることでNPTの形骸化が進むのではないか、という。NPTプロセスにはそもそも弱点や欠陥がある。それを補強するために別のプロセスを立ち上げたのだ。近年のNPTの弱体化は、NPT自身の問題だ。禁止条約を作ったからNPTが弱体化したのではない。

 禁止条約において禁止される「核実験」は、CTBTが定める「核爆発実験」よりも幅が広い。未臨界実験なども含まれると解される。この検証には困難が伴うという指摘は正しい。今日その検証技術はまだない。しかしその技術開発は今後すればよいのであって、それらを禁止しない方がよい、とはなるまい。

 禁止条約が非核保有国に課している保障措置は、NPTの保障措置と同等の水準だ。より高い追加議定書は義務づけられていない。追加議定書を今後義務づけていくことには賛成だ。禁止条約も、将来作られる保障措置を害してはならないと定めている。これまた「禁止条約がない方がいい」理由にはならない。

 日本が禁止条約交渉に参加しなかったのは「見識」だ、日本はCTBT発効促進やNPT下で核の透明性向上などを積み重ねるべし、という。だが、禁止条約に加入することと、CTBTや透明性向上などの措置は「二者択一」ではそもそもない。両方やればよい。

 最大の問題は、「あらゆる場合に核兵器の使用が禁止されるのなら、日本のように安全保障を米国の核抑止力に依存する国は入れない」という立論だ。要するに、一定の場合には日本は米国による核兵器の使用を認める必要があるというわけだ。この点をきちんと議論する必要がある。

 米国に核を落とされ苦しんだ日本が、米国が他国に核を落とすことを前提とした「安全保障」政策をとる。そのことの是非を、まず倫理上の問題として国民に問い、国民的に議論する必要がある。「核の傘に守られる」とかいうとソフトに聞こえるが、要するに日本は米国による核使用を容認し援助するのかどうかという話だ。

 北朝鮮の核の脅威があるから米国の核抑止力が必要だという主張がある。本当か?北朝鮮が公然と核武装を始めたのは2006年。それより10年以上前から、日本は核兵器禁止条約の提案に反対してきた。仮に北朝鮮の核の脅威がなくなったら、日本は核兵器禁止を受け入れ禁止条約に入るのか?

 北朝鮮が核を放棄したら日本も米国の核への依存政策を止める、という取引なら一理ある。核の脅威がなくなれば核で威嚇する必要もなくなる。ということなら、日朝が核兵器禁止条約に将来同時加入することを目標にして、朝鮮半島の非核化交渉を進めればよい。

 問題は、北朝鮮が核を手にするよりずっと前から、日本は北朝鮮には生物化学兵器の疑惑があるからとかいって、米国の核抑止力が必要だと主張してきたことだ。相手は核を持っていないけれど、自分たちは心配だから核を持っていたいって話だ。だったら結局、すべての国が核を持った方がよい、となる。

 核抑止力があるから安全保障がある、という方々に警告したい。では、抑止が破れたらどうするのか。原発の安全神話ならぬ核の抑止力神話ではないのか。誤算や事故、サイバー攻撃などにより核が万が一でも使われたら、取り返しのつかない惨事を招く。人道上の壊滅的被害が出る。誰が責任をとるのか。

 我々の最大の目標は核兵器をなくし、核の脅威をなくすことだ。NPTを守ることが最大の目標なのではない。NPTだけでは目標が達成できそうにないのだから、NPTに追加的な新条約を作ることが非難されるいわれはない。不十分だというなら、交渉に出てきてよりよい条約になるよう貢献すべきだ。

 禁止条約は、いかなる場合も核の使用・威嚇またその援助・奨励を禁止している。日本が「安全保障上の理由」でこれに加入できないというのなら、ではいかなる場合なら日本は核の使用・威嚇を禁止でき、いかなる場合ならできないのか、明らかにすべきだ。核使用の苦しみを知る国の、最低限の責任である。

2017.7.12 川崎哲

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