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zoom RSS 核兵器禁止条約は「核の傘の下でも可能」とする朝日新聞の記事について−−そもそも「核の傘」とは?

<<   作成日時 : 2017/08/10 12:18   >>

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 8月9日付の朝日新聞が、核兵器禁止条約の交渉を主導したオーストリアのハイノッチ軍縮大使のインタビュー記事を載せ、「核禁止条約『核の傘の下でも可能』 交渉まとめ役が見解」との見出しを付けています。これは誤解を招く記事(特に見出しが)だと思います。条約交渉の様子をある程度理解している者として、コメントさせてもらいます。米国との同盟に留まりながらも核兵器禁止条約への加入は可能ですが、核の使用を前提としたらもう無理です。

 ハイノッチ大使が取材に対して正確にどう答えたかは知るよしもありませんが、おそらく「核保有国との同盟関係にとどまりながらも核兵器禁止条約に加入することは可能」と語ったのでしょう。それはその通りです。しかし、それを「核の傘にとどまりながら可能」と言いかえるのは誤りだと思います。それはつまり「核の傘」とはそもそも何かという問題になるわけですが、「私たちを核で守って下さいね」という依頼をするということが「核の傘に入る」ことの意味であると考えられるので、そのような依頼をしている時点で今回の核兵器禁止条約には入れません。それは議論の余地なし、です。なぜなら核兵器禁止条約は第一条でいかなる場合も核兵器を使用しないし、その援助、奨励、勧誘をしないと明確に定めているからです。

 朝日のインタビュー記事のなかで論じられているのはthreat of use(使用の威嚇)とthreaten to use(使用するぞと威嚇すること)の語感の違いのことです。後者のほうがより実際に具体的に使うことに近い、具体的な言動を指すと考えられます。今回の禁止条約は前者ではなく後者を選びました。なぜこちらの語が選ばれたかについて、私の理解は、国際人道法の基本原則は戦闘行為に制限をかけることであって、外交・防衛の戦略そのものを規制したり禁止したりすることはその基本原則から逸脱することになるとの躊躇が、この交渉に(軍縮の観点よりも)人道法の観点から関わった勢力のなかに根強くあったからだというものです(オーストリア政府もそういう観点が強かった)。だから、威嚇を入れようということになった際にも、なるべく具体的な行為を禁止しようということになって、threaten to useで落ち着いたのだと思われます。

 ただし何をもって威嚇とするかという定義はそもそも難しい。がんらい、国連憲章で国連加盟国による武力の威嚇は一般的に禁止されていますが、現実には多くの威嚇行為が世界中で繰り広げられており、何をもって「禁止される威嚇」と定義付け、そこに国際的共通理解を作り出すのは、そもそも困難な作業だと思います。

 「核の傘」に話を戻すと、仮に日本(や韓国やドイツなど他の米同盟国)が頼んでもいないし何の援助も協力も提供していないのに、米国がそれらの同盟国を守るために勝手に核兵器を使ってしまう…ということがあるなら、その同盟国は核兵器禁止条約に違反していないことになります。頼んでもいないのに米国が勝手に核を使ったのだから。けれども、そのようなことは現実的にありえないでしょう。それどころか実際には、日米の拡大抑止協議にせよNATOの核協議にせよ、同盟国と米国は、緊密に連携して核兵器の使用・運用体制を構築しているのですから、それがそのまま維持されたままで同盟国が核兵器禁止条約に加入するというのは絶対に無理です。許されません。

 つまるところ「核の傘に守られる」という漠然とした言葉の意味を、私たちはこれを機に、解剖する必要があります。

 日本の多くの人々が思っている(そして特に、今では北朝鮮の脅威が深刻化しているので特に強く感じている)のは、「何かあったら、米国に守ってもらいたい」「攻められたりしないように、米国の傘の下で守られたい」というものでしょう。それは「米国という傘」であって、必ずしも「核の傘」ではないはず。是非とも核兵器によって守ってほしいと考えている人がどれだけいるでしょうか。

 もちろん米国の側では、核兵器も他の兵器もいっしょくたに運用している訳だから、守ってもらうに当たって「この手段は使ってもいいが、この手段は使ってほしくない」などと注文するのは失礼だ……というのが、とことん米国に忖度する、日本の安保族主流派の発想です。でも、本当の意味で両国間の信頼関係が深まっているなら、「何かあったら守ってはほしいけど、核兵器だけは使わないでくれ」と依頼するくらいの関係があってもいいはずです。特に米国は日本に原爆を落とした国であり、日本はそれで被害を受けた国なのですから。

 いま北朝鮮と米国の間の緊張が高まっています。米国が軍事行動を起こす可能性も一定程度あります。このときに、米国に、「是非とも核兵器を使ってほしい」と願う人が日本にどれだけいるでしょうか。日本の人の多くが願うのは、北朝鮮が核をぶっぱなすような状態を防いでほしいということであって、そのためには、なるべく他の被害が少ない形でそれを実現してほしいわけです。北朝鮮の民間人にだって、なるべく被害は出したくない。核兵器の使用など、相手の反撃をさらにエスカレートさせるだけですから、両サイドへの被害を何十倍、何百倍にする行為です。なるべくなら非軍事の交渉で、そして、仮に軍事行動が避けられないとしても極力民間人に被害のでない形で。…これが日本の人々の標準的な願いではないでしょうか。

 つまり、日本の多くの人々が求めているのは「大国・米国という傘」であって「核の傘」ではない。(そこで「大国」というときに、それは軍事力だけでなく、政治力や民主主義的価値や倫理性も含むもののはず。今の大統領で米国はそれはどんどん崩れていますが…)

 結論的をくり返すと、米国との軍事同盟関係にとどまったとしても「いついかなる場合も核兵器の使用を援助、奨励、勧誘しない」ことを日本政府が決定し宣言すれば、日本は核兵器禁止条約に加入できます。

2017.8.10
川崎哲

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