集団的自衛権の行使容認に反対します。それは憲法9条の死文化を意味します。解釈改憲を許してはなりません

 日本国憲法9条は、次のように宣言しています。
 「1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
 「2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」
 戦争を放棄する。紛争解決の手段として武力を行使しない。これが9条の基本であり、そのことが9条1項に書いてあります。
 9条2項は軍隊の不保持について書いてあり、これについては自衛権との関係で議論があるところです。簡単にいえば、政府の現在の解釈は、国を守る自衛権はある、それに基づいて自衛隊が存在するが、それは戦争をするための軍隊ではない、というものです。
 安倍政権は、長年続いてきた政府によるこの憲法解釈を、内閣の判断で勝手に変更し、集団的自衛権の行使を容認しようとしています。それは、同盟関係にある他国が攻撃された場合に、その国の自衛のための軍事行動に日本が参加することを認めるということです。これは実質的には、アメリカが攻撃された場合にアメリカの戦争に日本が参加します、ということを宣言することです。アメリカは、2003年のイラクに対する侵略戦争でさえ、自衛のためだと強弁して戦争を推し進めてきた国です。このような解釈改憲は、決して認められません。
 日本は、国際紛争を解決するために武力を行使しない、戦争をしない、と憲法で明確に定めているのです。勝手な閣議決定によって、これからはアメリカを守るための戦争に参加することができるようになりましたなどということが、許されるはずがありません。
 報道によれば、政府は「戦闘中の多国籍軍への支援も行う」と検討していると言います。これを戦争への参加と言わずに何でしょう。そんなにアメリカの戦争に参加したいのだったら、まずは「戦争を放棄する」「紛争解決に武力を用いない」という9条1項の規定を変えてから行うべきです。しかし、そんな憲法改定を、日本の私たちが選択するとは私は考えません。
 紛争を解決するために武力を用いない、戦争をしないと定めた9条の下で、アメリカの戦争に参加するなどという憲法解釈が成立するはずがありません。私は、この解釈改憲の動きに、断固として反対です。

 5月8日付のニューヨークタイムズ紙も、「日本の平和憲法」と題する社説で、安倍政権による解釈改憲の動きを批判しています。

 5月1日に発売された『第三文明』6月号に、「日本は憲法9条の考え方を世界に輸出すべきだ」と題する拙インタビューが掲載されました。どうぞご覧ください。こちらからオンラインで全文が読めます。)ご存じのように同誌は創価学会の雑誌であって、創価学会の方々や公明党の議員の方々が多数読んでおられると思います。連立与党の公明党には、ここは本気で踏ん張って、安倍首相による勝手な解釈改憲を食い止めてもらいたいと思います。同号には、伊藤真、中島岳志、伊勢崎賢治の3氏による、集団的自衛権容認批判の特集もあります。
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